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親に恵まれた私と私の嫌いな奴のこと

秋葉原通り魔事件の犯人のことを人事のように思えなくなった。自分のブログを読み返したり自分自身のことを思い返してみて、私みたいな人が犯罪者になるのだろうな、と。そう思うと、あの事件のときにその場にいたのは私なのかもしれない、と考えてしまう。そんな自分が嫌になり、怖くなり、悲しくなり。もうダメなのかな、うん、もういいや。

もしも私が何らかのことを実行するとなると、他人を巻き添えにして自分は死ぬ。警察に捕まるくらいだったら死にます。正直言って、今のままでは確実に何か起こしてしまいそうだわ。怖い怖い。

そんな冗談はさておき(といっても結構本気)、目標がなくなったら私はどうなるのだろうかということを真剣に悩んだ。今はそれこそ編入試験合格というものがあるけれど、その先は?大学院。その先は?うーん・・・今までは高校時代に出会ったある人を目標に生きていたけれど、今となってはもう関係なくなってしまった。何を目標に生きればいいのか?目標がないから犯罪に走っちゃうのかもね。自暴自棄?

なにか趣味を見つけないといけないですよな。友達がいない私なので一人でする趣味よりも多数でする趣味を見つけたほうがいいかな。でも人間関係は面倒臭いし・・・やっぱり一人か。ドライブが趣味とかって格好良いなと思う今日この頃。一人旅とかもいいな・・・くっそー、受験が無事に終わったらバイクか車の免許取りに行く。



学生というのは腐った立場ですね。自分で働いて生計を立ててるわけでもなしに、親に生かされてる立場でしかない。親がいなくなれば学生なんてやってる場合ではないのだから。学生と違い社会人は、たとえ親がいなくなったとしても生きていける。これぞまさに自立です。

親に生かされてる立場でもないくせに、自分の親に文句を言うような人間を見ると虫唾が走ります。本気で怒りたくなりますよ。どんな家庭環境であったとしてもです。自立して生きているのであれば、そこから先は倫理観の問題でしょう、私は死ぬまで親に感謝し続けますが。結局のところ、学生の大半は傲慢な人が多いと思うのです。もっと謙虚になれって感じですが・・・もちろん、私にも言えることです。

ということで、私はあの人が嫌いなのだろうな。嫌い。親を嫌ってるやつに良い奴はいないだろ、という私の考え。といっても、さまざまな家庭環境があるので一概には言えないけども。まぁいいんじゃね、そうゆう人間と私は合わないってだけのことなのね。親を尊敬し年上を敬うということを否定されたとき、私が小中学校と学んできた習い事を否定されたようで非常に腹が立ちますな。あぁなるほど、これが馬が合わないってことなのか。ここまで嫌いになった人間も始めてなのでいろいろと戸惑いはありますが、早く縁を切りたいものです。でもね、この人しつこいのよ。私のことなんて人間のクズみたいに考えているような人ですからね、私から金を巻き上げようとしたりいろいろなことを使って私を不幸にさせていきますから。ウザイったらありゃしない。なんでこんな人間がいるのかなぁって思うくらいウザイ、嫌い。自分には非がないと決め付けて、達者な口車で私に全責任を負わせようとする。最終的には法律がどうのこうの言い出して・・・これが友人関係?なわけないでしょ、私のことを下等生物にしか思っていないような言動ばかりするのだから。高校時代で関係が終わったかと思っていたら大学になってもまだ私を不幸にさせるとは・・・30万くらい支払い要求されました、どんだけ私のことが嫌いなんだよ。ガチで泣きたくなりますわな。

おっと熱くなりすぎた。でも、世の中ってのはどんな世界においても嫌われ者が存在してしまうものだと聞いたことがあるので、私の中にもその嫌われ者が現れたってだけのことなのだろうね。私の中でその嫌われ者を共存させないといけないのかな。イヤだなぁ。ここまでくると、私の中では嫌われ者ではなくて疫病神にしか思えないわけです。縁を切ってもいいですよね?