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現役大学生の私が考える日本の大学の姿とは

テストを受けに久々に学校に行ってきた件。結果は散々なんですね、わかります。

その後に、ゼミの先生の研究室で雑談・・・のおかげで予備校に行けなくなったので今家でこうしてブログを書いてるわけです。罪意識を感じます、えぇ。まぁでも、その雑談というか勉強の話で私の今後の勉強・研究意欲とかが高められ・・・良い経験になりましたです、はい。





今私のいる大学で学んでる歴史学ってのは単なる史実を学んでるわけでしかなく、そんなのは他の学部でも学べることだと私は思うのです。例えば、「スペインのアステカ帝国征服時の先住民の土着信仰」とかだと宗教学のなかで学べることだし、「戦後のアメリカによる日本占領政策」とかになると政治学などで学べることなんです。私の場合は、南北戦争前後のアメリカ南部社会の、特に黒人について学びたいのですが、そうした人種問題というのは人類学が主になっているわけです。そこで、わざわざ歴史学を専攻する意味はあるのか?ということを最近疑問に思うようになりまして・・・

そうしたことから、大学において一つの学部・学科に属して学ぶことはどうか?と考えます。教育学部に入学したある生徒が、その後に子供の発達心理に興味を持ったりして心理学を学びたいと思っても編入などをしないかぎり本格的に学ぶことはなかなか難しいわけです。5教科主要科目を学んだくらいで、本当に自分が学びたいと思う学問を発見できるかというとそうではないはずです。

学問の多様化が起こっている今、高校までの勉学で今後の自身の勉強・研究内容を発見するのはさらに困難になってきているといえないでしょうか。そうしたなか、ICUの略称で知られる国際基督教大学のような教育システムは私の理想でもあります。教養学部一学部制により、さまざまな学問を統合的に学ぶことができ、またそうした経験を経て自分の学びたいと思った一つの学問を追及していくことも可能としています。高校までで学ぶことは「国語学」「数学」ではなくて国語、数学でしかないわけで、何を言いたいかというと、基礎能力の育成を目指すものなのです。対して、大学で学ぶことは一般的に言われているように専門性の高いもので、今までに得たそれら基礎能力プラス教養力を生かし学んでいくもの。こうゆうことなので、いきなり一つの専門性のある学問を学び始めるのは、時には学ぶことへの挫折なども与えてしまったり、先の例のように自分が本当に学びたい学問ではなかったりすることもあるのです。だからこそ、ICUのような教育システムを目指すべきではないかと思うのですが・・・まぁ困難ですよね。というか、ICUは学費高すぎ(私立の中でも異常)なので貧乏人の私には行きたくとも行けない場所でもあるという・・・



大学が学問の場ということを前提に上は論じてますが、大学でガチな勉強をしている人は少ないように感じられます。大学は勉強をするだけの場ではないということなのでしょうかね。以前は、「知らないことは恥である」といっていた日本、要するにベネディクトの言う「恥の文化」のことですね。インターネットなどより情報を得ることが知識人でなくても容易になり、そうした文化が廃れた今、知らないことは恥ではなくなってきているのでしょう。大学が勉強するためだけの場ではないという主張は、そうした背景も関係しているのではないでしょうか。そんなのだから、大学で勉強したい人とそうでない人が存在してしまうんですね。

ここまでいろいろと言ってきたものの、所詮は学問というのは自己満足の塊です。と同時に、自分を強くさせ、高みを目指すための一つの手段、それが学問だと私は考えています。他の手段で自分を成長させることができる人にとっては、学問はそれほど重要なことではないのかもしれません。ただ、学問が全く不必要というわけではないということを学生自身が自覚することが大切でしょうね。それがマイナスになることはほとんどないので。もちろん、学問以外が不必要であるというわけでもないことも同じ。要するに、適当な対応をすべきってことですかね。

大学は勉強を第一に考えるべき場なのか?
大学においては部活やサークルなどを排除すべきなのか?
勉強したくない人が大学に行く必要はあるのか?
という疑問も生まれますが、現役大学生の私には答え難いことなのでまたいずれ。





なんというか・・・高校の同級生とかには知られたくないですわ、今の私がこんなことを考えているなんてね。あれだけ成績が悪くて、勉強をまったくしなかった自分が、「勉強したい」とか言ってるんですから。そんなんだから、学歴コンプレックスだとか、学歴至上主義とか捉われたとしても不思議じゃないですよね。

確かに、最初はそう思ってました。でも、上記に書いたように、歴史学専攻について悩むようになってから完全に変わりましたわ。いや、予備校で人類学を学んでからかな。なんにしろ、私みたいな世間知らずは様々な教養を身に付けることでいろんな考えをするようになれるってことです。んで、大学での教養科目の重要性について改めて認識させられたので、このような記事を書いた次第であります。



こうして考え事を文に表すことが、少しでも自分の力になればいいなと思いながら・・・
(語彙力のなさや文章の論理性の欠如には、相変わらず恥を感じますが・・・)

明日の自分が、今日の自分より強くありますように。