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成人式に参加しなかった理由

地元で成人式がありました。私は参加しませんでした。

毎年のことながら成人式会場にて非常識な行動を取る輩がいますが、今年は私の地元でもそれがあったそうでして。情けないというか、バカというか、これだからDQN・・・社会的に成人と認められたとしても、頭はいつまでたっても小学生ですよ。所詮私たちはたったの20年しか生きていない青二才のガキでしかないんです。

そもそも成人式とは何のためにあるのか。民俗学的にいうと「通過儀礼」ってとこでしょうか。

「通過儀礼とは、本来はっきりとした境界のないところに境界を設け、社会的変化をもたらすことを目指して、行う儀礼である。( by E.R.リーチ)」

要するに、成人式に参加することによって自分は成人したのだという自覚を持ちましょうって感じ、それが成人式の意義の一つではないかと思っています。子供や大人といった区分は文化的に作られたものであるために、このような通過儀礼を行わなければ人は大人になることができないんですね。となると、どうして子供や大人といった区分があるのか、という疑問がわきますがそれはまたの機会に。

とまぁ、ここまではあくまでも「社会的な成人」を対象にしてて、確かに社会的には成人式という通過儀礼は必要不可欠ですが、実際はそうでもないってことです。

先にも述べたように成人式とは社会的変化を『促す』通過儀礼なのですが、新成人の多くは成人式に参加したことで大人になったと考えているのです。だからこそ、自分が大人になったということをアピールするために、自分の権力の高さを誇示するために、成人式になった途端に暴れまくるのではないでしょうか。

まるで誕生日におもちゃを買ってもらって大喜びしている子供のようです。

しかし、私もまだまだ子供だ。学ぶべきことはたくさんあるし、私にはもっと成長すべきところがある。ただでさえ経験値を稼ぐことが下手な私なのに、他の同じ歳の人たちと同列に並んでいいわけがない。今はまだ、成人式に参加すべき歳ではない。

こんなことを書くとただのモラトリアム人間だといわれそうだが、確かにそうなのかもしれない。だからこそ、それを打開すべく私は成長しなければならないのだ。

親や友人に嘘をついてまでして成人式参加を断ったのはこうゆう理由からなのだろう。

「すごく・・・自己中心的です・・・」