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ある日のこと

たとえばマクドナルド

店に入ると、大学生らしい女性店員が「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。いくら人見知りの人でも、それを聞いてあたふたする人はいないと思う。どんな人でも、そして僕も女性店員のマニュアル通りの言葉なんてスルーして注文を頼み始めるのだ。その女性店員は背が高かった。たぶん170はあるだろう。高校時代にはバレー部で活躍していたのかもしれない。背の低い僕はそんな彼女を少し見上げ、すぐに下を向いてメニューを見る。

「てりやきバーガーのセットで」

僕はてりやきバーガーが好きだ。特に理由はない。ダブルチーズバーガーでも僕は構わないのだ。むしろダブルチーズバーガーは照り焼きソースで汚れるというようなことがないから、綺麗に食べたいのならダブルチーズバーガーを注文すべきなのだ。てりやきバーガーは汚れるのである。バレー部であったろう女性店員は迷いなくダブルチーズバーガーを注文するだろう。そんな気がする。

案の定、口の周りに照り焼きソースが付いてることに気付かず、歌舞伎町を僕は歩いた。

たとえば吉野家

店に入ると奥の厨房からも「いらっしゃいませ」の声が聞こえる。カウンター席には昼休み中のサラリーマンや学校をサボっている高校生たちが、特においしそうだという顔もせずにもくもくと箸を進めている。それが牛丼屋というものなのだろう。席につくとすぐに店員が近寄ってきて「ご注文はお決まりですか」と聞いてくる。なるほど注文を考える余地も与えてくれないのだ。焦る僕はつい豚丼を注文してしまった。豚丼を否定するわけではないが、牛丼屋で豚丼を食するのはどこか間違っていると思う。そもそも豚丼は牛肉の輸入が困難になっていた頃に代替え商品として考えられたものだ。牛丼を問題なく食することができる現在、豚丼は生きた化石のようなものだと僕は思う。

結局、そんな生きた化石を食してしまった僕は、非常に憂鬱な気分で職場へ戻った。

たとえば近所の定食屋

「あら、ケン君じゃない、最近お店に来てくれなかったから寂しかったのよ」と銀座のママのような言葉をかけられる。息子も成人して仕事に打ち込めるようになった60過ぎのおばさんがやってる定食屋なんてそうゆうものだと思う。その定食屋は低価格にも関わらず量が多く、僕が何も言わなくてもご飯をさらに大盛りにしてくれる、そんな定食屋だ。僕は大食感というわけはないが、学生という身分、頂ける物は多ければ多いほど嬉しいと思うもの。おばさんは今日もご飯を大盛りにしてくれる。

「今日はおまけしとくわね」といって出された丸茄子のお新香を食べる。丸茄子、おばさんの実家のある地域で採れる丸い茄子のことだ。1口サイズで食べれる大きさなので、僕は素早くかつ丁寧に1つずつ食べる。「あら、もう食べたの」と言われたいがためだ。そうやって会話のネタを常に作り出していく。おばさんと仲良くなるための僕が考えた巧妙なやり口と言っていいだろう。

390円のレバニラ定食で満腹になった僕は、家までの帰り道を口笛を吹きながら歩いた。

そんないつもと変わらない誕生日の過ごし方も悪くないと思う。