うさぎを追って穴の中へ

今春、新幹線100系が定期運用を終えるようです。鉄ちゃんというほどではなく、一般的な乗り物好きである僕ですからやはりどこか寂しいものはあります。100系といえばかつては食堂車が設置されていた新幹線でもあります。そういえば以前、村上春樹だったか「電車の食堂車で、たまたま出会った男女がただ会話するだけの話を書こうと考えていた」と言っていたことをふと思い出した。

食事は基本的にその場に留まってするものです。家で食べたり、レストランで食べたりが一般的なわけ。車に乗りながら食事をしたりするのもありますが、あれは軽食。運転しながら幕の内弁当を食べる猛者はいないと思います。運転中は例えば片手で持てる串系だったり、おにぎりだったりを食べる。どうみても軽食です、食事とは言いがたい。

飛行機の食事、機内食はどうか。機内食は何回か食べてきましたが、皆が言うほど糞不味いってものには当たったことがありません。むしろ、空の上で食事をするという優越感が全てを超越してしまう。F1よりも速いスピードで飛んでいる飛行機での食事。これ以上にスリリングでエキサイティングな状況は他に宇宙船の中くらいしかありません。

そして電車。電車は基本的に移動オンリーの交通機関です。満員に近い電車内でじゃがりこなんて食べてみなさい、周りから嫌な顔で見られること間違いない。新幹線車内で食べる駅弁、というのもどこか味気ない。飛行機のように全員が食事をしているわけではないので、ジェットボックスシウマイを食べようとするものなら確実に辱めを受けます。「うわwwwくっせぇwww」みたいな。

そこにきての食堂車。決められたメニューの中から料理を選んで注文する。レストランにいるのだけど、実はそのレストランは常に動いているという状態。謎すぎる。そんな謎空間を演出してくれるのが食堂車というわけ。さらにこの食堂車は元々数が少ないということもあって、利用したことのある人は絞られてくるのです。今現在で食堂車を備えている電車なんて一部の寝台列車くらいしかありません。希少価値高杉ワロタ。

そんな食堂車で、たまたま出会った男女が他愛もない話をし続ける。外は夕日で染まった景色が映し出され、静かにゆったりと食事をしながら話をする。不思議空間です。それは、よくよく注意して見てみると日常にたくさん転がっています。普段何気なく歩いている帰路にもこうした空間はいくつもあって、まるで別次元への入り口のようになっています。

何の変哲もない場所に物語の始まりを見つけることができる。村上春樹に限らず、作家は不思議空間を発見するのが上手いよなぁと改めて思うのでした。