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帰国時のトラブルと思い出

2010年12月1日、アイルランドから日本へ10ヶ月ぶりに帰国する日でした。

早朝、目を覚ました僕は世話になったフラットメイトたちに挨拶を済ませて出発。約4時間半、バスに揺られて首都ダブリンへ向かう。しかし、当時のヨーロッパは大寒波が襲っており、アイルランドも例外なく大雪でした。バスは予定よりも1時間近く遅れてダブリンに到着、ダブリンもまた雪に覆われた白銀の世界。

待っていてくれた日本人の友人ともお別れをして、さらにバスに乗ってダブリン空港へ。しかし、アイルランドは雪がほとんど降らない地、久々の大雪で交通機関は完全に麻痺状態だったのです。1時間ほど走ったにも関わらずバスセンターから徒歩10分ほどしか進んでいませんでした。結局、強制的に下ろされ、後は自分たちで何とかしろ、ということに・・・。タクシーを捕まえようにも「この雪じゃ無理だよ、HAHAHA」と言われる始末。

とりあえず先ほど別れた友人に助けを求めるもどうしようもない。道端で同じように困ってたドイツ人の女性2人も加わって解決策を求め縦横無尽に駆け巡る。そして3時間くらい経ってようやく空港まで走ってくれるタクシーをゲット!ちょっと時間はかかったけど無事に空港到着、飛行機は少しだけ遅れていたのでなんとかなりました。

しかしまだまだ問題は残っていたのです。雪の影響で飛行機は遅れに遅れ、滑走路から飛びだったのは予定より2時間遅れ。パリのシャルル・ド・ゴール空港に到着し、乗り換え先に向かうと・・・成田行は既に離陸済み・・・どうしようどうしようと泣きそうになるくらい焦っていました。僕と同じように路頭に迷っていた乗客数名を引き連れた空港職員に事情を話すとついて来いと。明日の分のチケット、ホテル料金、昼食代等を航空会社が支払ってくれることになりました。パリに入国してバスに揺られ、ホテルに到着したのは午前3時頃。速攻でベッドに潜って爆睡しました。

翌日は特に問題もなく、空港に到着。ロビーで韓国人のアマチュアバンドマンと仲良くなったり、空港職員と歓談したり。不安とかその他諸々から解放されていたのですごく楽しめました。そして離陸アンド成田帰国。

トラブル続きの留学生活の最後もまたトラブルの連続でした。でもこの経験がまた1つ、自分を成長させてくれたのかもしれません。