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「文明」「野蛮」という言葉を使う残念な人

文明が退化していることを発見した12の事実 - はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

「文明」の対義語として位置付けられるのが「野蛮」や「未開」という語。意味の違いは、簡潔に述べると「文化」が開けているか否かである。ここで言う文化が開けている、とは洗練され。

16世紀以降の大航海時代、西洋人たちはアフリカやアメリカでの植民地争奪戦を始める。それらの地域における既存の先住民文化は西洋人にとって物珍しいものであり、当時から「未開の地」の「野蛮な文化」として人々に知られることになる。まだフィールドワークという手法が確立していなかったために、人類学者らは植民者が提供する情報、資料を元に研究を行い、そうした過程が偏見を素通りさせて「未開の地」の「野蛮な文化」というものが世間一般に拡大していく。

また大航海時代以前からも、ヨーロッパのキリスト教圏はアラブのイスラム教圏を「野蛮な文化」として認識しており、それらを改心させるために布教などが進められる。しかし武力的な争いも頻発し、現代まで続く宗教問題を見れば両者の間の溝は非常に大きいと言える。

まとめると、西洋人にとってはキリスト教的なるものこそが世界の真理であると信じ、それ以外は全て自分たちよりも劣っていると捉えていたのである*1。要するに、こうした文化概念は西洋的な価値観である。文化を比較し、優劣を付けることで自身の持つ文化の正当性、優位性を際立たせただけのことである。「文明」や「野蛮」というのは、そうした西洋中心主義の中で支持されてきた古い概念なのである。

自文化中心主義には賛否両論があるが、「文化」に優劣を付けるべきではないというのは現代では自明の理である。さらに言うと、文化は「進化」や「退化」するものでもない。文化は社会の変化と共に変化していく、それは決して進化・退化しているわけではない。1920年代、アメリカにおいてハーレム・ルネサンスというアフリカ系アメリカ人による文化全盛期が始まり、ジャズなどの新たな音楽文化が生まれた。それは最初、ヨーロッパ系からはなかなか受け入れられなかったが、現代ではある種の高尚音楽として認識されている。これは文化に対する価値観が変化しただけであり、アフリカ系アメリカ人の文化が劣っていたものから洗練されたものになったというわけではない。

社会も文化も動的なものであり、常に変化し続ける。それを「進化」や「退化」というのは筋違いもいいところである。さらに、意味も考えずに「文明」や「野蛮」という鼻で笑われても仕方のない言葉を堂々と用いるのは、自らの無知さを露呈しているだけに過ぎない。

*1:東アジアとの交流においては中国などの文化に対して一目置いていたものの、それも大航海時代以降に変化していく。