深夜のコインランドリー

大学1年の春。東京に引っ越してきて最初は洗濯機が家になかった。すぐ近所にコインランドリーがあったので、3日に1回はその場所へ行っていた。そのコインランドリーはそこそこ広くて、中央に大きなテーブルと椅子が並べてあり、側には雑誌等もいくつか置かれていたので退屈はしなかった。

コインランドリーに通い始めて3回目のときのことだった。いつもは大学から帰ってきた夕方頃に行くのだけれど、その日はバイトの面接もあって結局深夜に行くことになった。夕方だと近所に住んでいると思われる学生や老人たちが何人か椅子に座っているものの、深夜ということもあって誰もそこにはいなかった。

洗濯が終わって乾燥機を回し始めた時、自分より少し年上と思われる女性が大量の洗濯物を抱えて入ってきた。女性はテキパキと洗剤と洗濯物を洗濯機に放り込んでスイッチを押し、テーブルを挟んで僕と向かい合うような形で椅子に腰を下ろした。

「こんばんわ」
「あ、どうも」

いきなり話しかけられて驚き、少しぎこちない言葉で僕も返答した。会話はそこで途切れ、女性も持参してきた雑誌を読み始めた。洗濯機が動く音と、たまに外の道路を走る車の音だけが響いていた。

「コインランドリーって今の社会に似つかわしくないわ。そう思わない?」
「そう、ですね。確かに昭和という感じがする」
「今時コインランドリーだなんて、少しおかしいわよ」
「だけどあなたも僕も利用している」
「そうね。一部の人には必要とされている。多くの人はそれを必要としていない」
「社会にそぐわなくても、このコインランドリーも社会を構成している要素の1つだと思う」
「あなたはコインランドリーのある世界に違和感を覚えたことはないかしら?」
「東京にコインランドリーなんていくらでもありますよ。不思議がることでもない」
「でもね、やっぱりここは他とは異なる世界なのよ」
「どういうことですか」

僕がそう言うと女性は立ち上がり、洗濯物を回収し始めた。乾燥機は使わないようだった。

「深夜にはあまり来ないほうがいいわよ。いつもと違う生活、人と違う世界を生きるというのは大変なことだし、とても危険なこと」
「かもしれないですけど、でも人はそうやって前に進むものじゃないのですか」
「そうね」

5月には洗濯機を購入したので、コインランドリーに行く必要はなくなった。今でも深夜にコインランドリーを見かけるとついつい覗き込んでしまう。ただ蛍光灯が光っているだけの深夜コインランドリーは、どことなく僕を寂しい気持ちにさせる。