『告白』を観てみたよ!

旧作。2010年度の邦画興行収入において第7位という大ヒット作品。今更感がありまくりだけど気にしない。

アイドルや名前だけのタレントを起用した邦画が多い中、こういう作品を天邪鬼な僕が面白いと思わないわけがない。スローモーション等の映像表現を映し出しつつも、ほぼ9割がナレーションで進行する作品。良い言い方をすれば斬新な映画、悪い言い方をすれば高度な紙芝居のようです。でも約100分間、まったく退屈することなく物語の中に引き込まれてしまいました。松たか子の、ある意味で狂気のような芝居がより一層、本作の恐怖や家族愛というものを際立てていたような気がします。すげぇ。

なんといっても、中学生たちの「あー、確かにこんな感じかも」的な様子がよかったです。生や死、性などに敏感でありつつも、それらに対しては未だ実感がほとんどなく、友人やクラスメイトと笑い話にしてしまうようなものです。中学生の頃の自分がそうでした。友人とはセックスの話で盛り上がり、何の躊躇いもなく「死」という言葉を無闇に使っていました。もちろん全ての人がそうであったわけではありませんが。

本作の主要人物でもある渡辺修哉は、母親から認められたいがために奮闘します。世間に評価されるような功績を残したり、犯罪によって世間に知られることで。彼は一途だったわけです。しかし、母親に認められたいという自分の気持ちに素直になれず、社会という世間を媒介にして間接的に母親に認められようとしたわけです。

誰かに認められたい、おそらく誰もが思っていることだと思います。好きな人に認められたい、家族に認められたい、多くの人に認められたい。周りの人に自分が良い人であると認められたい、というのも同じようなものなのかもしれません。いわゆる八方美人。そうでないと自分に自信が持てないのです。周りからの評価だけが自分自身の価値を決める。でも、そんなことはないと僕は考えています。

自分の価値を決めるのは自分だけなのではないでしょうか。